「甘えさせる」と「甘やかし」について考えてみる

こどもへの接し方

息子くんは現在小学校中学年ですが、今でも普通に甘えてきます。
それどころか以前より甘え度合いが増えたかも? と思うときもあります。

こどもにどこまで甘えさせていいのか?

子育てをする上で親が葛藤する課題ですね。
さらにこの課題は、こどもが年々成長するにつれて葛藤の度合いが増してくるもののようです。
息子くんからの甘えの要求が増してきていると感じている今、私の葛藤も増しています。

親に甘えることができ、心が満たされた子どもは、安心感と自信を土台にして、自立の道を歩んでいきます。

ぎゅってweb「「甘やかす」と「甘えさせる」は違う!どこまで甘えさせていい?」より

いくつか調べてみたところ、こどもの甘えをそのまま受け入れることは、
そのこどもの成長を健全にしてくれるようだということが分かりました。

妻に言わせると私は息子くんに対して甘々パパのようですが、
甘えを受け入れることが息子くんの心を健全にしてくれると分かってからは
その甘々さに磨きがかかりました。

逆に妻は甘えに厳しい(?)ので、甘えられる避難場所としての役割を自覚しています。

しかし、今度はまた別の悩みが浮上してきます。

「甘えさせる」ことと、「甘やかす」ことは、どう違うのか?

あまり息子くんを「甘やかさないよう」妻に言われることもありますし、
おじいちゃん、おばあちゃんが息子くんの言うことに何でもはいはい頷いているのを見ると
あまり「甘やかさないで」と思ったりします。

こどもを甘やかすと、努力せず自分の言うことが何でも叶うと思うようになる、とか、
自分の力で希望を叶えようとしないで、人の力ばかり頼りにするようになる、とかになって
一人の人間としてまともに育たなくなると心配になるんですよね

でも一方で、こどもからの甘えは受け入れてあげるべし、となると、
じゃあ一体その違いは何? と考えます。

具体的にこどものどういう行為が「甘え」で、どういう行為が「甘やかし」になるのか。

「甘やかす」とは、子どもが望む前に保護者が与えてしまったり、無制限に要求に応えてしまったりすることです。

ベネッセ 教育情報サイト「幼児教育の専門家が教える、「甘やかす」の境界線」より

こどもが自分でできることは、親が代わりにするのではなく、自分でさせる。
こどもが「買って〜」とねだってくるものを何でも買ってあげない。

甘やかさないとはこういうことになるでしょうか。

“甘える”ということは、親の愛情を求める行為です。ママのぬくもりを求めてきたり、“見て見て!”と何度も話しかけてきたり、絵本読んでと言ってきたり。求める対象が人になっているのです。

ママの知りたい情報が集まる ママナテ「“甘えさせるママ”と“甘やかすママ”の境界線とは?」より

甘えるとは「人を求める」ということのようですね。
具体的で分かりやすい。

私や妻は、息子くんからの「甘え」に応じられているだろうか?

応えられている時もあれば、そうでない時もあるという感じですね。
でも、息子くんが小学生になってからは、徐々にそういう求めに応じる頻度が少なくなっています。

子どもは、甘えによる愛着関係を土台にして、自分の世界を広げていきます。甘えが、自立していくときの安全基地となるわけです。

子どもが何かに挑戦すると、失敗することもあります。そこに安全基地があると「どうしたらいいだろう」と立ち戻ることができます。そして、再び挑戦できる。うまくいけば達成感を持ち、自尊心が育ちます。「これができた!」という自分への信頼につながります。自分への信頼は、難題に直面したときに「今度もきっとやれる」と思えることにもつながります。(十文字学園女子大学特任教授 内田伸子先生)

NHK すくすく子育て「甘えと甘やかし、どう違う?」より

学年が上がっていったとしても、子どもは子どもです。
年齢なりに親の愛情を求めるのに変わりはありません。

だから、こどもの甘えはいつでも受け入れればいいんだということが分かりました。
私が息子くんの安全基地になれれば、息子くんの不安を取り除いて、自分で巣立っていけるよう挑戦するんだということが分かりました。

息子くんからの要求が人を求めているのか?
そしてその要求に応えることは「甘やかし」になっていないか?

これを判断して、接していきます。

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