あまりメカニカルな内容に深入りしないブログのつもりですが、
今回は少々そういった説明をしなくてはなりません。
それは何故かと言うと、2022年のF1を語る上で避けられないのが
「グランドエフェクトカー」というワードだからです。
グランドエフェクトカーとは、
クルマ全体の構造そのもので強大なグランドエフェクトを生み出す車(特にレーシングカー)を指します。
グランドエフェクトとは、車体上面と下面との間に発生する気圧差を利用して
非常に大きなダウンフォースを得る仕組み、または得た力を言います。
実はグランドエフェクトカーというコンセプトはかつてF1シーンを席巻していました。
まさにF1マシンの速さの次元を変えた発明でした。
1982年シーズンを以て禁止となっていましたが、
40年の時を経てF1シーンに帰ってきたことになります。
2022年シーズンにグランドエフェクトカーが帰ってきた背景
そもそも何故F1にグランドウェフェクトカーが復活したのか。
その理由をおさらいしてみよう。
F1マシンのコンセプトが空力至上主義になってからというもの
どのドライバーも同じことを口にするようになった。
前のクルマに近づくとダウンフォースを失ってオーバーテイクが非常に難しくなる、というものだ。

このことはF1からコース上での順位争いを減らしてしまい、
モータースポーツの頂点としての輝きを失いかねない事態となっている。
これまでにおいてもDRSなどに見られるオーバーテイクの機会を増やすための施策は採られてきたが、
本質的なバトルの増加が実現したかというとそれ程でもなかった。
そこでF1は、「より良いレースの実現」を目標に掲げ、2022年マシンに反映させることにした。
それは従来以上のホイール・トゥ・ホイールの接近戦をもたらし、
副次的にオーバーテイクの促進を目指す、というものだ。
F1は、速さの追求ではなく、争いを選択した。
具体策としては、後方乱気流を生み出す昨年までの複雑なボディーワークを禁止しても、
充分強力なダウンフォースを得ることができるグランドエフェクトカーを導入することになったのだ。

上図は昨年までのマシンにおいて、前のクルマに追いつくとどれくらいダウンフォースが失われるかの目安。
20mまで近づくと35%減。10mまでだと46%減。半分近くも失われてしまう。
2019年型マシンの場合、前走車から3車身(約20m)後方を走行中にダーティーエアによって失われるダウンフォース量は47%に上ると試算されているが、2022年型マシンの場合、この割合は4%に留まる見積もられている。新しいデザインによってマシンはクリーンな空気を後方に流す。その結果、後続車への影響は大幅に減少する事となり、オーバーテイクチャンスの増加が期待されている。
FORMULA 1-DATA『2022年以降のF1レギュレーション、何がどう変わる?抑えておきたい主要変更点のまとめ』より

上図で説明しているのは、2022年型マシンにおいての前のクルマに接近した時に失うダウンフォース量を表したもの。
20mまで近づいた時はたったの4%。
10mでは18%。
昨年までのマシンの場合と比較しても大幅な改善が期待できる。
目論見通り前のクルマに近づくことが可能になれば、DRSなどによる人為的な優劣なく
ドライバー同士の純粋なバトルが見られることになる。
ベンチュリ効果
では、より魅力のあるF1のカギになるグランドエフェクトカーとはどんなものなのでしょうか。
グランドエフェクト、もしくはグランドエフェクトカーでググると細かい解説がされたwebページが数多結果に出てきます。
詳しい説明はそちらにお任せして、ここではTV視聴する上で最低限必要な説明にとどめます。
グランドエフェクトを知るために、
まずそれを生み出しているベンチュリ効果と呼ばれる事象を知っておくと良いでしょう。
流体(気体と液体を一括にした呼称)が狭い場所において流速が増すと、
圧力が低い部分が作り出される事象。
これがベンチュリ効果。

上図にあるように、左から物体の下に潜り込んだ空気は、
進んでいくにつれて通路が狭くなるため、流速が増します。
『運動エネルギーと圧力の2つの力の和が一定である』
というベルヌーイの定理と照らし合わせるとわかるように、
空気の速度が速くなると圧力が下がり、逆に速度が遅くなれば圧力が上がります。
そのため上図の青い囲みの部分においては圧力が低くなっています。
ダウンフォース
ある物体に対して両側の圧力に差があると、物体に対し高圧側から低圧側方向に力が働きます。
高圧側から押す力、もしくは低圧側に引き寄せられる力と言い換えることもできます。

F1をはじめとしたクルマにおいては、
ウィングなどの整流板の上面と下面での圧力の差(気圧の差)が生じると路面方向に力が働く。
この力がダウンフォースです。
グランドエフェクト
そして
そして気圧の差によるダウンフォースを、
車体全体で発生させる仕組みをグランドエフェクト。
そしてその仕組みが搭載されたクルマをグランドエフェクトカーと呼びます。

2022年シーズンのF1マシンを横から見ると、車体下面の流体の通路は黄色部分のようにベンチュリ効果が生み出される構造となっているんですね。

下から見るとこんな感じに空気が通ります。
コース上やグラベルにクルマがストップした時、クレーン車で吊り上げられたりすると
車体下面が見られるかもしれません。
グランドエフェクトカーは既にF1で走っていた
先述の通り、グランドエフェクトというコンセプトを採り入れたF1マシンは
過去すでに存在していました。
それは単に存在していただけではなく、まさにF1に革命をもたらしたアイデアだったのです。
ロータスが1977年に持ち込んだ78というマシン。
これがF1における初めてのグランドエフェクトカーでした。

ロータス78はその年の第4戦アメリカ西GPで初優勝を飾り、シーズンを通じて7回のポールポジション、優勝4回という成績を残す。(1977年は年間17戦)
年間4勝は最多勝利だったが、リタイアも7回しており、チャンピオンは逃している。
ロータス78のステアリングを握っていたマリオ・アンドレッティは、実戦に導入前のテスト走行を経て
まるで「地面に絵を描いている」かのようだったと表現している。
翌年アンドレッティは78の正常進化型マシンであるロータス79で見事ワールドチャンピオンになっているが、グランドエフェクトカーとして愛しているのは78であると語っている。
マシン下面にある秘密を巧みに隠し続けてきたロータスだが、
2シーズンが終了する頃には他チームが速さの秘密を暴き、グランドエフェクトカーで追従を開始した。
1979年にはフェラーリが312T4、ウイリアムズはFW07というグランドエフェクトカーを投入し、
この年を皮切りにF1はグラウンドエフェクト大時代へと突入したのである。

グランドエフェクトカーは何故禁止されたのか?
隆盛を極めたグランドエフェクト時代は、長く続くことはなかった。
ロータス78が実戦デビューしてしてからというもの
年を追うごとにグランドエフェクトカーは飛躍的に進化する。
しかしその進化が急過ぎて人間の限界を越えてしまうかもしれないという声も次第に大きくなる。

また、コースアウトしたりバンプに乗ったりなどして車体下面の気密性を維持するスカートが壊れると
急激にダウンフォースが抜けてスピンしてしまう。
スピンするだけならまだしも、クルマの向きが変わり後方から空気が入ってきて
舞い上がってしまうということも少なくなかったという。
当時はF1マシンそのものの安全性も低く、コースの安全性も決して高いものではなかった。
そして1980年、テスト中にパトリック・ドゥパイエ(アルファロメオ)が亡くなり、
1982年のベルギーGP予選ではジル・ビルヌーブ(フェラーリ)がクラッシュで帰らぬ人となる。
その他にも重大事故が相次いだこともあり、
とうとうグランドエフェクトカーは1982年限りで廃止が決定した。
グランドエフェクトカー復活で、過去の問題は払拭されたのか?
見てきたように、グランドエフェクトはレーシングカーとしての次元を大きく引き上げた革命だったが、細い糸一本で成り立っているようなダウンフォースである一面も見逃せない。
一つでも想定外のことが起こると重大な事故につながってしまう一面もあった。
現代のF1マシンはクラッシュテストの基準も高められ、Haloも備わり安全性は大きく高められている。コースの安全性についても当時と比べると大きく向上している。
しかし絶対の安全は得られない。
復活するグランドエフェクトカーによるF1は、
過去発生したような事故を未然に防ぐ策が施されているのだろうか?
競技としての魅力をとり返すべく争いを増やすのもファンとしては非常に嬉しい。
ドライバーがもっとオーバーテイクにチャレンジすることができる改善も喜ばしい。
しかしF1のさらなる魅力向上と人命を引き換えにすることはできない。
激しいバトルは見たいが、クルマが炎上するシーンなどは見たくないというのが願いであり、本音である。
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